広間膜、つまり腹膜を正確に切ることは、手術を安全にうまく行うためには重要な要素ですよね。
でも、腹膜を切ったはずなのになぜかうまいこと腔が開かない。そんな経験ありませんか?
実はそれ腹膜の本当の姿を知らないからかもしれません。
今回は”腹膜の本当の姿”について解説していきたいと思います。手ぶらでどうぞ楽しんでいってください。
目次
腹膜=”カワ”と”ウロコ”
実は、腹膜は2枚にわかれています。魚の表面のカワとウロコみたいなものです。
実は、腹膜には筋膜があります。ここでいう筋膜とは、「筋膜」といっても筋肉を包む膜ではありません。では、さっそく詳しく見ていきましょう。
カワ=筋膜
医師として働くまで解剖書で近くに筋肉が存在しない”筋膜”という単語をみて「なんの筋肉の膜なんだろう~?」とずっと疑問に思っていました。
みなさんもきっと一度はそう感じたことはありますよね。その疑問にすっきりお答えします。
実は、解剖学にとって筋膜とは
”何かを包む膜”のことを言います。
字面通りの筋膜(腹直筋膜など)は筋肉を包んでいますよね。
実は、人体の”何かを包む膜”をFasciaと言っていて、なんとなく筋肉を包むもの以外の包む膜の組織(Fascia)も、同様に筋膜と言っているのです。
例としては
開腹した時の脂肪と脂肪の間の膜は体を包む、浅筋膜
筋肉を包む膜(字面通りの筋膜)は深筋膜
血管を包む膜は血管筋膜(血管鞘の別の言い方)
という訳です。他に言い方なかったんですかね。
何はともあれ、これでカワの部分の意味が分かりましたね。
これから食事で魚が出てきた時は皮を剥ぎながら笑顔でこう言ってみましょう
「Fascia剥けたよ~」または「筋膜が剥がれたね」
素敵!!!となること間違いないです。保証はしません。
ウロコ=狭い意味の”腹膜”
ウロコは本当の解剖学的な解像度の高い”腹膜”のことを指します。
腹膜の説明に腹膜を使うんじゃねーよ!!
もっともです。もう少し解像度を高くすると、中皮細胞となります。これは細胞レベルの細かい見方をしています。
ウロコとは狭い意味の腹膜を示し、細胞レベルで言うと中皮細胞が構成している層。となるわけです。
腹膜の本当の姿
では2つをつなげて、腹膜の本当の姿を見ていきましょう。
腹膜とは以下の2つからできています。
カワ=筋膜、つまり”腹膜下筋膜”のことを指します。コラーゲンでできている組織を強固にする層。
ウロコ=腹膜、つまり”狭い意味の腹膜”のことを指します。中皮細胞でできている機能的な層。
腹膜=”腹膜”+”腹膜下筋膜” という訳です。(中皮細胞からなる解像度の高い腹膜の層は”腹膜”と表記します)
ウロコは水の流れをよくし、滑らかな動きに関わっていますが、同様に中皮細胞を含む”腹膜”も表面を滑らかにします。そうしないと腸が引っかかっておそらく死にます。
腹膜下筋膜は硬い指示組織です。こちらは硬い膜を作り物理的に強くします。そうしないと内臓を隔てることが出来ず、すぐに内臓損傷が起きておそらく死にます。
どちらも大切な構成要素です。覚えておきましょう。細かい名前は最悪いいので、
硬い層と柔らかい層に分かれるんだなぁ
と覚えておいてください。腹膜を処理するときはこのことを知っているか知っていないかだけでかなり変わってきます。
手術における腹膜が二枚の意味
ここまで長々と腹膜が二枚である意味を説明してきましたが、二枚あるという理解が何より腹膜の切開において大切です。知らずに表面の”腹膜(ウロコ)”だけを切った場合はどうなりますか?
当然ですが、硬い層の腹膜下筋膜が残ることになります。
つまり腹膜は、魚の鱗と皮のように2枚に分かれており、切り方を間違えると1枚膜が残ってしまい、正確な組織の把握の邪魔になってしまうということです。
もっと解像度を高めた言い方をすると、腹膜下筋膜が残ることで、視野的に前回の説明した前葉展開後に見たい4面(子宮、基靭帯、骨盤壁、後葉)が見えなくなるのです。
例えばこれは”腹膜下筋膜(カワ)”を途中から切れていない右広間膜腔の様子です。
右広間膜前葉を途中までしっかりと2枚切れているが、血管に近づくにつてビビって1枚しか切れておらず、腹膜下筋膜(赤丸部分)が残っています。
途中までは二枚しっかり切れているので外側の青丸の部分はしっかりと展開できており、骨盤壁と後葉が見えています。しかし、内側の赤丸の部分では腹膜下筋膜が切れていないので基靭帯と上行枝が埋もれてしまっています。
ラップをかけたような状態になるわけですね。後ほどの処理が困難になってきます。
ではしっかりと切れた例を見てみましょう。先ほどは右でしたが、これは左の広間膜腔となります。
とてもきれいに構造が把握できますね。
腹膜つまり広間膜前葉を切開する時は2枚ごと切っているのか、2枚に分けて切っているのか意識しながら切っていきましょう。
しっかりと腹膜を切れたかどうかの基準は、脂肪が見えているかどうかでもわかります。
腹膜の奥には脈管があって、それを栄養する脂肪があるため、しっかり切れた場合は脂肪が見えてきます。そこまでしっかりと腹膜下筋膜を意識して切開していきましょう。脂肪の大切さについては後ほど解説していきますのでお楽しみ。
今回はかなり複雑な話をしました。わかりにくいかもしれませんが結局言いたいのは
「腹膜は柔らかい層と硬い層がありますよ。硬い層もしっかり切りましょうね」だけです。
腹膜を切るときは2枚あることを意識して切開していきましょう。
今日からできること
腹膜を何枚切っているか考えながら切開する
まとめ問題
問題: 広間膜展開時における腹膜に関する次の記述のうち、正しいものはどれでしょうか?
- A. 腹膜は一枚の膜であり、切開時には一度に切る必要がある。
- B. 腹膜は筋膜と狭い意味の腹膜から構成されており、切開時には両方を切る必要がある。
- C. 腹膜下筋膜は、腹膜とは別の構造物であり、切開時には切る必要がない。
- D. 腹膜は、表面の硬い層と内側の柔らかい層から構成されており、切開時には硬い層だけを切る必要がある。
回答: B. 腹膜は筋膜と狭い意味の腹膜から構成されており、切開時には両方を切る必要がある。
解説: 腹膜は筋膜(カワ)と狭い意味の腹膜(ウロコ)から構成されています。筋膜は腹膜下筋膜と呼ばれ、強固な層を形成し、物理的に内臓を保護しています。狭い意味の腹膜は、中皮細胞からなる層で、表面を滑らかにし、内臓の動きを円滑にしています。手術時には、腹膜と腹膜下筋膜の両方を切ることで、正確な組織の把握が可能になり、手術が円滑に進むことが期待できます。
次回は広間膜前葉切開ラインについてになります。お楽しみに。