前回のコラムで剥離について解説を行いました。
そもそも剥離とはから始め、鈍的剝離と鋭的剥離の違い、どちらが良いかという話をしました。
結論としては、
リスクが高い場面では細かく処理のできる鋭的がよいが、時間、集中力の節約のためやリスクが低い場面なら引きちぎる鈍的がよい。
このような結論となりました。今回は理由を実際の剥離を含めて深堀していきたいと思います。
目次
鋭的剥離より引きちぎる鈍的剥離が優れている点
切っていく鋭的剝離は正確に行えれば確かに安全です。なぜなら過剰なテンションがかからない為避けて出血や他臓器損傷がおこらないからです。
しかし、前回説明した通り、切るという手順が増えるため時間がかかりますし、切開部位を間違えれば出血や他臓器損傷を引き起こしてしまいます。
そのため、よほど困難症例ばかりの施設でない限り、集中力の限界と時間の制約がある現実世界では引きちぎる鈍的剝離を行うほうがトータルよい場面が多いと考えます。
例えば、超緊急帝王切開で用いられる Joel-Cohen 法が最たるもので、赤ちゃんを素早く出すという最大のメリットを得るため、組織を引きちぎることで展開と剥離を同時に進め、血管や他臓器損傷のリスクを冒しながら、素早く手術をすすめるわけです。
そのため、”鋭的剥離こそ最強、鈍的剝離は下手のすることだ”という考えには否定的で場合によりますし、むしろ、力加減や出血しそうな場所を把握できた人の上手な鈍的剥離こそ技術が必要であると考えています。
ここでより深堀するため、現在、鋭的剥離が勧められるようになっている理由と流れを考えていきましょう。
鋭的剥離が重宝されるようになったストーリー
切る鋭的剝離が隆盛を極めている理由としては、出血リスクの低下によるドライな術野と合併症の低さが挙げられます。
ここに至るまでのストーリーとしてこのように考えています。
①もともと、電気メスもなかった時代は、引きちぎる鈍的剝離がメインであった。なぜなら止血は圧迫しかなくどれだけ早く手術を終わらせることこそが出血量を減らす手段であった。つまり手術の剥離の源流は引きちぎる鈍的剝離であった。
②徐々に科学が発展し、電気メスやエネルギーデバイスが現れ、鏡視下手術も始まった。
③開腹に比べ、視野確保が難しい鏡視下手術では細かい出血が大敵となった。
④細かい出血の原因を見てみると、組織間の細かい静脈が原因であった。(カメラにより、正確にわかるようになった)
⑤そのため、細かい出血を減らし視野を確保するには、凝固や切開を細かくできる鋭的剥離が推奨されるようになった。そして鈍的剝離は悪となった。
このようなストーリーがあったと考えられます。
ではこのストーリー通り古い引きちぎる鈍的剝離は完全悪なのでしょうか?
そんなことはもちろんなく、安全に引きちぎることが出来るならば鈍的剥離は悪にはなりません。
引きちぎる鈍的剝離が悪になるときを考えその対策をしていきましょう。
鈍的剝離が悪となる場面は3つ考えられます。
①出血を引き起こすとき
②層がわからなくなるとき
③他臓器損傷を引き起こすとき
この”3悪”さえクリアできればより早く、時間や集中力といったリソースを削減できる引きちぎる鈍的剝離のほうが優れていると言えますよね。
次の段落ではどのようにすれば”安全に”引きちぎることが出来る考えていきましょう。
安全に引きちぎる鈍的剝離のやり方
一つ一つ見ていきましょう。
①の出血がおこる理由は何でしょうか。
それは接着剤となる組織が剥がれる以上に張力をかけることで細い血管が破綻するためです。
これを避けるためには、組織は剥がれるが、細い血管が破綻しないぐらいのテンションのベクトルをかけることが出来ればこの問題は解決できます。
細い血管があるところを避けながら、組織間の剥離面が剥がれる必要十分なテンションをかけるわけです。
②と③の層がわからなくなる、他臓器損傷がおこる理由は共通しています。
力の入れる方向や場所を間違えると層の破綻や他臓器損傷が起こります。
これに関しては、力の入れる場所と方向でカバーすることが出来ます。
先ほどの、ガムテープをはがすスキーマで考えていきましょう。
②の層を追っていく場面において、段ボール側に沿って行きたいときどうしますか?
段ボール側に接着剤が残らないように、指で段ボール側をこする様に剥離していきますよね。
たとえば広間膜後葉に沿って広間膜腔を広げていくなら、広間膜後葉に近いところでやや後葉をこする様に力を入れていくようにするほうがよいと思います。
つまり追いたい層に近いところでこする様にテンションのベクトルをかけることが出来ればよいわけです。
では③の他臓器損傷に関してどうでしょうか?
答えは②とは逆の考え方になります。
損傷したくない臓器に力がかからないベクトル方向を向けて力を入れることが必要になります。
子宮と腸の癒着を考えると、腸管損傷を起こさないように、子宮に力がより加わるように力のベクトル方向を子宮に向けて力入れていきます。
尿管を腹膜からはがして岡林腔に入るときは、尿管損傷を起こさないように、腹膜側に力がより加わるように力のベクトル方向を腹膜に向けて力を入れていきます。
つまり、剥離したい層に沿って、細い血管を認識して、その血管を破綻させないような力と方向にテンションをかけることが出来れば、安全に鈍的剥離を行うことが可能になります。
むしろ切る鋭的剥離ではないほうがよい場面
切る鋭的剥離のほうが、リスクが高くなる状況があります。
それは、癒着症例です。
え?リスクの高い時は鋭的剥離のほうがよいと言ってたよね?
もちろんそうですが、ある条件の時は鈍的剥離のほうがよいです。
それは、片方は損傷してもよいもの(摘出臓器など)でもう片方は損傷してはいけないものの時
この時はむやみに切らないほうが安全に進めることが出来ます。
なぜなら、鋭的剥離の場合は切開を行うので、残したい臓器自体を切開してしまう可能性があります。子宮と腸がついているときは、子宮を鈍的にこする様に剥離することで腸の損傷を防ぎながら剥離を進めることが出来ます。
また同様のに切り込む可能性があるため、腹腔鏡やり始めは切開する鋭的剥離は勧められません。
特にやり始めの時は、見誤ったり手がぶれたりするため、保たないといけない層に切り込んだりしたりして危険ですね。
その為、初心者は鈍的剥離、慣れてきたら鋭的剥離と言われるわけです。
ただし、癒着症例では鋭的剥離を行わないといけない場面が出てくるためどこかで鋭的剥離を習得する必要があります。
著者が行っている実際の剥離
長々と剥離について話をすすめていきましたが、最後に私がメインに行っている剥離について説明していきます。
細かく言うと、鈍的~鋭的を様々な場面で細かく使い分けてはいます。
それは、食事と同じで、魚を食べるとき、平べったいお肉を食べるとき、トマトをつまむとき、ひじきを食べるとき、豆腐を食べるときでお箸の使い方が異なるように多くの経験の上に徐々に身に着けたものですよね。
結局は経験かい!となりそうですが、ここで鈍的と鋭的のおいしいところを取り入れた剥離法を、メインで使っているので紹介します。
鈍的剥離と鋭的剥離の合わせ技
鈍的剥離の一番のデメリットは何ですか?
それは、細かい血管を出血させることでしたよね。
この弱点を鋭的剥離で処理できれば素早く展開を行うことが出来ます。
広間膜腔展開で考えてみましょう。
次の場面はCS3後のTLHの症例で、左の円靭帯を切断した後の場面です。膀胱が吊り上がっていたため外側で広間膜腔展開しようとしている場面です。
ここを広げるときに大切なのは、細い血管を見つけることです。この場面で言うと出血しそうな血管が赤丸にあります。ここをガサガサ鈍的に引きちぎると出血します。
そのため、この血管を避けるように周囲を広げます。この時に鈍的に広げて剥離をすすめます。
そして次に、鋭的剥離に移っていきます。
まずは凝固
そのあとに切開
そのあとまた鈍的に腔を出血しないように広げる。もちろんハーモニックの下の細い血管も認識しながら出血しない程度に圧排しています。
これを繰り返して剥離を繰り返していきます。最終ドライな視野で子宮動脈を同定できました。
このように、細かい血管を把握し、これを避けて鈍的剥離を行うことで、鈍的剥離を行っても出血をすることなく素早く安全に剥離を行うことが出来ます。
以上となります。
結局は伝えたいことは、鈍的剝離、鋭的剥離のどちらが優れているわけでもなく、使いどころによってメリットデメリットがあり、鋭的剝離こそが最強ってわけでもないことでした。
次回は、傍組織の処理に移っていきます。更新は週一程度で不定期なので、良ければX(Twitter)のフォローをお願い致します。
まとめ問題と解説
選択肢問題:
以下の選択肢の中から、引きちぎる鈍的剥離が安全に行える場面を選んでください。
A) 癒着症例で、片方は損傷してもよいもの(摘出臓器など)でもう片方は損傷してはいけないものの時
B) 細い血管の破綻がリスクとなる状況
C) 初めての腹腔鏡手術を行う場面
D) 層がわからなくなり他臓器損傷のリスクが高い場面
正解: A) 癒着症例で、片方は損傷してもよいもの(摘出臓器など)でもう片方は損傷してはいけないものの時
解説:
文章から、鋭的剥離では、残したい臓器自体を切開してしまう可能性があるため、子宮と腸がついているときは、子宮を鈍的にこする様に剥離することで腸の損傷を防ぎながら剥離を進めることが出来るとされている。そのため、癒着症例で、片方は損傷してもよいもの(摘出臓器など)でもう片方は損傷してはいけないものの時は鈍的剥離がより安全と考えられます。